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  • クエンティン・タランティーノが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)の劇中「マカロニ・ウエスタンで2番目に偉大な監督」と紹介したセルジオ・コルブッチの最高傑作が『続・荒野の用心棒』だ。
    一般に「マカロニ・ウエスタンで1番偉大な監督」とされるセルジオ・レオーネが、常にアメリカ人スターを主役に据えてハリウッド映画を意識した西部劇を作り続けたのに対し、『続・荒野の用心棒』はイタリア人俳優がイタリア名で主人公を演じた最初のマカロニ・ウエスタンである。それまではジュリアーノ・ジェンマはモンゴメリー・ウッドと名を変え、フランコ・ネロは脇役であっても“フランク”・ネロ名義だった。
  • 低予算を逆手に取ったシンプルなストーリー、馬にも乗らず棺桶を引きずって登場する型破りの主人公、泥だらけの町、マシンガン(ガトリング砲)で敵をなぎ倒す爽快感、牧師を虐殺するアンチクライストな展開、両手をつぶされても単身6人の敵に立ち向かう反骨心と勇気……コルブッチが作品に盛り込んだすべての工夫とアイディアが、「お行儀のよいハリウッド映画」に飽き飽きしていた一般観客から、日々の生活に苦労し続ける農民・労働者、「社会変革を求める」学生たちにまで大歓迎されたのだ。
    しかし、そのあからさまな残酷描写によりイタリアでは成人映画指定を受け、イギリスでは上映禁止。日本では配給会社が同じというだけで『続・荒野の用心棒』と題され、アメリカでは1972年まで公開は見送られた。
  • 一部の映画ファンにはマカロニ・ウエスタン最高作と称えられながらも、一般にはあまり知られていなかった『続・ 荒野の用心棒』が再注目されたのは、やはりクエンティン・タランティーノのおかげだろう。
    監督デビュー作『レザボア・ドッグス』(91)の耳切断シーンですでにコルブッチ愛を示していたタランティーノは、『ジャンゴ/繋がれざる者』(2012)で、フランコ・ネロを特別出演させただけにとどまらず、主題歌そのままにオープニング・クレジット場面を再現してみせた。そんな世界映画史上初・前代未聞のオマージュを捧げられた映画、それが『続・荒野の用心棒』なのだ。
クエンティン・タランティーノが『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)の劇中「マカロニ・ウエスタンで2番目に偉大な監督」と紹介したセルジオ・コルブッチの最高傑作が『続・荒野の用心棒』だ。
 一般に「マカロニ・ウエスタンで1番偉大な監督」とされるセルジオ・レオーネが、常にアメリカ人スターを主役に据えてハリウッド映画を意識した西部劇を作り続けたのに対し、『続・荒野の用心棒』はイタリア人俳優がイタリア名で主人公を演じた最初のマカロニ・ウエスタンである。それまではジュリアーノ・ジェンマはモンゴメリー・ウッドと名を変え、フランコ・ネロは脇役であっても“フランク”・ネロ名義だった。
 低予算を逆手に取ったシンプルなストーリー、馬にも乗らず棺桶を引きずって登場する型破りの主人公、泥だらけの町、マシンガン(ガトリング砲)で敵をなぎ倒す爽快感、牧師を虐殺するアンチクライストな展開、両手をつぶされても単身6人の敵に立ち向かう反骨心と勇気……コルブッチが作品に盛り込んだすべての工夫とアイディアが、「お行儀のよいハリウッド映画」に飽き飽きしていた一般観客から、日々の生活に苦労し続ける農民・労働者、「社会変革を求める」学生たちにまで大歓迎されたのだ。
 しかし、そのあからさまな残酷描写によりイタリアでは成人映画指定を受け、イギリスでは上映禁止。日本では配給会社が同じというだけで『続・荒野の用心棒』と題され、アメリカでは1972年まで公開は見送られた。

 一部の映画ファンにはマカロニ・ウエスタン最高作と称えられながらも、一般にはあまり知られていなかった『続・ 荒野の用心棒』が再注目されたのは、やはりクエンティン・タランティーノのおかげだろう。  監督デビュー作『レザボア・ドッグス』(91)の耳切断シーンですでにコルブッチ愛を示していたタランティーノは、『ジャンゴ/繋がれざる者』(2012)で、フランコ・ネロを特別出演させただけにとどまらず、主題歌そのままにオープニング・クレジット場面を再現してみせた。そんな世界映画史上初・前代未聞のオマージュを捧げられた映画、それが『続・荒野の用心棒』なのだ。
鞍を背負い、棺桶を引きずり歩く流れ者ジャンゴ(フランコ・ネロ)は、底なし沼の前で男たちに鞭打たれている女マリア(ロレダナ・ヌシアック)を、得意の早撃ちで彼女を救う。二人はマリアが逃げ出した村へやってくるが、村はジャクソン少佐(エドゥアルド・ファヤルド)率いる元南軍兵士と、ウーゴ将軍(ホセ・ボダロ)率いるメキシコ革命軍との抗争によりゴーストタウンと化していた。両軍から裏切り者とされたマリアは村の厄介者だ。ジャンゴは、彼女を取り戻しにやってきたジャクソン少佐を一掃すると、ウーゴ将軍相手に、メキシコ政府軍の駐屯地から黄金を奪おうと持ちかける…。
1926年12月6日イタリア・ローマ生れ。西部劇、史劇、コメディなどジャンルを問わず40年にわたり60本以上の作品を世に送り続けたイタリア娯楽映画史の最重要監督にして「マカロニ・ウエスタンで2番目に偉大な監督」(クエンティン・タランティーノ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』より)。人生を楽しみ、二度と同じことはやらないことを信条に、次々と新機軸のアイディアを盛り込み、観客第一主義で娯楽に徹した映画作りを続けた。80年代にはアメリカにも進出し、『さすらいのガンマン』に主演したバート・レイノルズからもハリウッド入りを打診されていたが断り、イタリアで精力的に活躍し続けるも1990年12月1日に惜しまれつつ世を去った。主な監督作品に『逆襲!大平原』(61)、『闘将スパルタカス』(62)、『史上最大の喜劇・地上最笑の作戦』(63)、『グランド・キャニオンの大虐殺〈TV〉』『ミネソタ無頼』(64)、『リンゴ・キッド』『さすらいのガンマン』(66)、『黄金の棺〈TV〉』『太陽の暗殺者』(67)、『豹/ジャガー』『殺しが静かにやって来る』(68)、『スペシャリスト』(69)、『ガンマン大連合』(70)、『J&S/さすらいの逃亡者』『進撃0号作戦』(72)、『笑激のギャンブルマン』(78)、『レッドオメガ追撃作戦』(80)など。
1925年イタリア・トスカーナ州の出身。フェリーニの『カビリアの夜』(57)で制作秘書、パゾリーニの『奇跡の丘』(64)の制作担当などを務め、65年にプロデューサーとして『La donna del lago』を製作するが興行的に失敗し、赤字を埋めるためにコルブッチに西部劇の企画を持ちかけたことで「ジャンゴ」が生まれた。兄は『狂った夜』『彼女と彼』『わが青春のフロレンス』などの監督マウロ・ボロニーニ。
1931年10月23日イタリア・ローマ生れ。50年代後半から兄セルジオを手伝って脚本を書くようになり、特にコメディ映画に才能を発揮した。『ジャンゴ/続・荒野の用心棒』直後にはレオーネ西部劇のパロディ『夕陽のギンコーマン〈D〉』(66)の原案を兄と共に担当している。ブライアン・ケリー主演のマカロニ・ウエスタン『虹に立つガンマン』ではフランク・B・コーリッシュ名義で監督した。70年代には監督として多くの作品を手がけるようになる。特にトーマス・ミリアンとコンビを組んだ『暴走ひったくり750』(76)をはじめとするヒッピー刑事シリーズは大ヒットしてシリーズ化された。主な脚本担当作品に『闘将スパルタカス』(62)、『ほほにかかる涙』(64)、『キス・キス...バン・バン〈V〉』(66)、『地獄のガンマン』(67)、『殺しが静かにやって来る』(68)、『空手アマゾネス』(74)、『アフリカ特急』(75)、『笑激のギャンブルマン』(78)など。主な監督作品に『ジェームズ・トント作戦〈TV〉』(65)、『ボッカチオ』(70)、『笑激の超ウルトラ・マイアミ・コップ〈V〉』(82)などがある。
兄レオニーダの下でカメラマン修行をし1956年に撮影監督に昇進。『逆襲!大平原』(61)、『闘将スパルタカス』(62)、『史上最大の喜劇・地上最笑の作戦』(63)、『グランド・キャニオンの大虐殺〈TV〉』(64)などでコルブッチとコンビを組む。63年末に黒澤明の『用心棒』を映画館で見て、すぐにレオーネやコルブッチに勧めたことが後のマカロニ・ウエスタン隆盛のきっかけになったことでも有名。69年にE・B・クラッチャー名義で映画監督デビュー、続く第2作『風来坊/花と夕日とライフルと…』(70)がイタリア映画史上最大のヒット作となり、すぐ翌年に続篇が作られた。そのほかの監督作に『ジュリアノ・ジェンマの くたばれカポネ』(73)、『笑う大捜査線』(76)『ビッグ・ファイター』 (86)など。撮影担当作に『ガンクレイジー』『ガンマン無頼』(66)、『五人の軍隊』(69)などがある。
1924年11月7日トスカーナ州ヴィアレッジオ生れ。衣装デザイナー、装置・美術監督としてコルブッチの『ミネソタ無頼』や本作のほか、セルジオ・レオーネの『荒野の用心棒』(64)、『夕陽のガンマン』(65)、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト』(68)を担当、ポンチョ、黒づくめ、ロングコートなどマカロニ・ウエスタン・スタイルを作り上げた張本人でもある。コルブッチとは『地上最笑の作戦』『逆襲!大平原』(62)でコンビを組み、つきあいは長い。レオーネ作品の見事なビジュアルを支えた立役者であり『夕陽のガンマン』にはカメオ出演している。他の作品に『さすらいの一匹狼』(66)、『血斗のジャンゴ』(67)、『西部悪人伝』(70)、『ミスター・ノーボディ2』(75)など。
1933年8月30日ブエノスアイレス生まれ。アルゼンチンに移住したブルガリア系ユダヤ人の家系で、フランスへ音楽留学した後、イタリアへ移ってエンニオ・モリコーネに師事し、ジャンニ・モランディ、セルジオ・エンドリゴなどのカンツォーネ歌手のアレンジを担当するようになる。パゾリーニの『奇跡の丘』(64)でアメリカのアカデミー音楽賞にノミネートされ、30年後『イル・ポスティーノ』(94)で見事アカデミー音楽賞(オリジナルドラマ)を受賞した。70年代にはイタリアのプログレッシヴ・ロックバンド、ニュー・トロルズ(「コンチェルト・グロッソ」)やオザンナ(『ミラノカリブロ9〈D〉』)らとコラボレーションしたことで知られる。クエンティン・タランティーノは、『キル・ビル Vol.1』(2003)で『怒りのガンマン/銀山の大虐殺』(69)、『キル・ビル Vol.2』(2004)で『サマータイム・キラー』(73)、『ジャンゴ/繋がれざる者』(2012)で本作の主題歌のほか『キングと呼ばれた男』(71)などを使用している。そのほかの主な作品に『禁じられた抱擁』(63)『群盗荒野を裂く』(66)『必殺の用心棒』(66)『悪い奴ほど手が白い』(67)『怒りの用心棒〈TV〉』(69)『女の都』(80)『自由な女神たち』(97)『ウーマン・オン・トップ』(2000)『トレヴィの泉で二度目の恋を』(2014)などがある。
主題歌を唄ったマイアミ生まれのアメリカ人ロッキー・ロバーツは海軍でボクシングのチャンピオンだったが、62年に除隊後ヨーロッパで歌手として活躍。イタリアで「Stasera Mi Butto」がミリオンセラーとなりイタリアに定住していた。なお、ロベルト・フィアの名が記されたサントラ盤も存在するが、これはサントラではなくフィアがイタリア語で歌ったバージョンが作られたために表記が混乱したためで、英語版はロバーツ、正式サントラではないイタリア語版がフィアの歌唱になっている。
1941年11月23日イタリア・パルマ生れ。ガソリンスタンドで働きながら演劇を学び、64年にジョン・ヒューストン監督作『天地創造』(66)のオーディションを突破しアベル役を演じた。次いで『荒野の渡り者〈TV〉』(65)、『殺しのテクニック』(66)に「フランク・ネロ」名義で出演、24歳で顔にシワ・メイクを施して“ジャンゴ”を演じた後、ハリウッドに招かれて『キャメロット」(67) に出演。イギリス女優ヴァネッサ・レッドグレーヴと出会って長男カルロをもうける。ルイス・ブニュエル(『哀しみのトリスターナ』)から『ダイ・ハード2』まで硬軟取り混ぜ国際的に幅広い役柄に取り組み、87年には『ジャンゴ/灼熱の戦場』で再び「ジャンゴ」を演じた。クエンティン・タランティーノの『ジャンゴ/繋がれざる者』(2012)では、ジェイミー・フォックス演じる“ジャンゴ”と共演した。イタリアでは社会運動家として知られ、孤児院の運営を助けてチャリティ活動も行っている。主な出演作に『真昼の用心棒』『ガンマン無頼』『惑星からの侵略』(66)、『裏切りの荒野』『豹/ジャガー』(68)、『ガンマン大連合』『哀しみのトリスターナ』(70)、『ケオマ・ザ・リベンジャー〈V〉』(77)、『ナバロンの嵐』(78)、『燃えよNINJA〈V〉』(81)、『ダイ・ハード2』(90)、『ベルサーチマーダー〈V〉』(97)、『ジュリエットからの手紙』(2010)、『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017)など。
1942年5月3日イタリア・トリエステ生まれ。17歳でミス・トリエステに選出され、翌年には本名ロレダナ・カッペレッティの名で映画デビュー。『七人のあばれ者』(62)に続き、『ローマの崩壊』(63)ではヌシアク名義で主演した。他の出演作に『地獄から来たプロガンマン』『新・殺しのライセンス』(66) 、『二匹の流れ星』『皆殺しのダイヤモンド〈TV〉』(67)、『地獄のシャイニング〈V〉』(71)、『ビッグガン』(73)など。
1924年8月14日スペイン生れ。18歳から声優を始め1947年に映画デビュー、50年代にはメキシコへ移り住んでいたが、マカロニ・ウエスタンへの出演依頼を受けてスペインへ戻った。晩年にはスペイン・アルメリアで障害者劇団を主宰していた。4度の結婚で7人の子供をもうけ、94歳の天寿をまっとうした。出演作品に『夕陽の墓場』(65)、『荒野の棺桶』『荒野のプロ・ファイター』(66)、『女王陛下の大作戦』(67)、『豹/ジャガー』『新・荒野の用心棒』『情無用のガンファイター〈TV〉』『パソ・ブラボーの流れ者〈D〉』(68)、『皆殺しのガンファイター/1対30〈TV〉』(69)、『ガンマン大連合』(70)、『無頼プロフェッショナル〈TV〉』(71)、『J&S/さすらいの逃亡者』『フランコ・ネロの新・脱獄の用心棒〈TV〉』(72)、『新・青い体験』(76)、『マッドライダー』(83)など。
1916年3月24日アルゼンチン・コルドバ生まれ。祖父ラモンは俳優、父ホセは歌手、ローマ生まれの母親はスペインの無声映画時代からのスターという芸能人一家と共にスペインで育った。14歳で映画デビュー、マカロニ・ウエスタンの悪役で活躍したほか、130本以上の映画・テレビに出演した。『Volver a Empezar〈未〉』(82)は、アカデミー外国語映画賞を受賞した。主な出演作に『殺人秘密指令〈TV〉』(65)、『怒りの100連発〈TV〉』『砂漠の10万ドル〈TV〉』『殺しの番号77/ドクター・ケンプの要塞〈TV〉』(66)、『黄金無頼』(67)、『白昼の大列車強盗団〈TV〉』(68)、『追跡者ガリンゴ〈TV〉』(69)、『ガンマン大連合』(70)、『地獄のアパッチ〈TV〉』(71)などがある。1985年7月24日マドリッドで死去。
本名ジーノ・ペルニーチェ。ルイジ・ペルニーチェと名乗るときも。1927年5月6日ミラノ生まれ。52年に演劇学校を卒業し、舞台俳優として活躍。『ミネソタ無頼』(64)で殺し屋を演じて以後、セルジオ・コルブッチのお気に入りで、『ガンマン大連合』(70)まで6作に起用された。主な出演作に『ガンマン無頼』(66)、『黄金の棺〈TV〉』『西部のリトル・リタ~踊る大銃撃戦~〈D〉』(67)、『スペシャリスト』(69)、『労働者階級は天国に入る〈TV〉』(71)などがある。
1906年9月26日マドリッド生まれ。1945年にスペイン映画界に入り、200本以上の映画に出演した。主な出演作に『フォンテンブローの決戦』(62)『タンタンと水色のオレンジ』(64)『さすらいのガンマン』(66)、『豹/ジャガー』(68)、『怒りの用心棒〈TV〉』『傷だらけの用心棒〈TV〉』(69)、『ダーティ・セブン〈V〉』(72)など。
イタリアでは1966年6月に公開され、バイオレンス描写により成人映画指定(18歳未満鑑賞不可)となったが興行収入10億リラを超えるヒットを記録した。フランス・ドイツなどでも好評で、特にドイツでは記録的大ヒットとなり、確認されているだけでも55本の「ジャンゴ」ウエスタンが公開された。イギリスでは暴力描写のために当局が審査拒否し上映できないまま80年代に未許可ビデオが出回った。正式に一般公開されたのは製作から27年後の1993年だった。アメリカでは、『キャメロット』に出演していたフランコ・ネロがハリウッドで上映会を開きスティーヴ・マックイーン、ポール・ニューマン、テレンス・ヤングらが鑑賞し絶賛されるも配給が決まらず、72年に独立系配給会社によって『JANGO』の題名で限定的に公開。2012年になってようやく『DJANGO』として再公開された。
かつて日本では『続・荒野の用心棒』の題名で公開されたが、クリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒』とは何の関係もない。当時、配給会社の東和(現・東宝東和)は『真昼の用心棒』『必殺の用心棒』『さいはての用心棒』『暁の用心棒』など、配給するマカロニ・ウエスタン作品には「用心棒」とつけられた。(レオーネ作品を配給することになったユナイト社は『ガンマン』で対抗した)。レオーネともコルブッチとも無関係の『新・荒野の用心棒』(68)は東和系列の現代映画の配給だった。
正式な続編について
ドイツだけでなく、『情無用のジャンゴ』(67)から日本の『スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ』(07)、タランティーノの『ジャンゴ/繋がれざる者』まで、世界中に無数の「ジャンゴ」が生まれたが、決して“続編”を作らなかったセルジオ・コルブッチの方針のおかげで、本当の続編は作られていない。ただし、『皆殺しのジャンゴ/復讐の機関砲(ガトリングガン)』(68)は、プロデューサーのマノロ・ボロニーニがコルブッチを無視してフランコ・ネロのそっくりさんテレンス・ヒルを起用した製作した半分だけ公式な続編といえる。また、フランコ・ネロが主演した『ジャンゴ/灼熱の戦場』(87)はコルブッチの名が「キャラクター創造」としてクレジットされており、原題が「ジャンゴ2」となっていることから正式な続編とする説もあるが、舞台が南米で実際問題西部劇ではないので、どう扱うかは意見のわかれるところだ。
『続・荒野の用心棒』

1966年/イタリア・スペイン/93分/カラー/ビスタサイズ/DCP/原題:DJANGO
監督・原案・脚本|セルジオ・コルブッチ
撮影|エンツォ・バルボーニ 音楽|ルイス・エンリケス・バカロフ 主題歌|ロッキー・ロバーツ
出演|フランコ・ネロ、ロレダナ・ヌシアク、エドゥアルド・ファヤルド、ホセ・ボダロ、ジミー・ダグラス、アンヘル・アルヴァレス
提供|キングレコード 配給|コピアポア・フィルム
© 1966 – B.R.C. Produzione Film (Roma-Italia) Surf Film All Rights Reserved.
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地域 都市 劇場名 公開日
北海道 札幌市 ユナイテッド・シネマ札幌 6月1日
東北 仙台市 チネ・ラヴィータ 6月12日
関東 新宿区 シネマート新宿 上映終了
  練馬区 ユナイテッド・シネマとしまえん 6月1日
  江東区 ユナイテッド・シネマ豊洲 6月1日
  立川市 立川シネマシティ 近日
  横浜市 シネマ・ジャック&ベティ 6月20日
  さいたま市 ユナイテッド・シネマ浦和 6月1日
  宇都宮市 ヒカリ座 5月23日
  高崎市 シネマテークたかさき 近日
甲信越静 新潟市 ユナイテッド・シネマ新潟 5月15日
  上越市 高田世界館 近日
  長野市 シネマポイント 上映終了
中部・北陸 名古屋市 名古屋シネマテーク 上映終了
  豊橋市 ユナイテッド・シネマ豊橋 5月22日
  金沢市 シネモンド 上映終了
  福井市 福井メトロ劇場 近日
関西 大阪市 シネマート心斎橋 上映終了
  大阪市 シネ・ヌーヴォ 近日
  京都市 京都みなみ会館 上映終了
  京都市 京都シネマ 6月26日
  神戸市 元町映画館 上映終了
  尼崎市 塚口サンサン劇場 6月1日
中国・四国 岡山市 シネマ・クレール 6月19日
  広島市 横川シネマ 6月6日
  松山市 シネマルナティック 5月29日
九州・沖縄 福岡市 ユナイテッド・シネマ福岡ももち 5月22日
  中間市 ユナイテッド・シネマなかま16 5月22日
  大分市 シネマ5 上映終了